管理職を増やしても会社は救われない──給食サービス企業で見続けた「人形化経営」の記録【1】

社会と向き合う

これはどこにでもある会社の話だ

私は、給食サービス企業の中で働いていた。
給食、外食、ケータリング、食品製造。
公共性が高く、社会的には「なくてはならない」と言われる業界だ。

だが内部から見える景色は、外から想像されるものとはかなり違っていた。

  • 管理職がやたらと多い
  • 会議は頻繁に開かれるが、何も決まらない
  • 現場は常に人手不足で疲弊している
  • それでも組織図だけは年々立派になる
  • トップは「現場の管理が甘い」「意識の問題だ」と言う

最初は、よくある日本企業の非効率だと思っていた。
だが、長く中にいるうちに分かってきた。

これは偶然でも、無能でもない。
同じ構造に置かれれば、どの会社でも再現される現象だ。

この会社は1990年代に創業した。

最初は、いわゆる街のお弁当屋だったという。
パチンコ店で弁当を売り、それが当たった。

そこで得た資金と経験を元に、次は病院給食サービスへ進出する。
さらに、幼稚園や保育園の給食へと事業を広げていった。
流れとしては、極めて自然だ。

  • 需要は安定している
  • 契約が取れれば売上は積み上がる
  • 社会的意義もある

そして、もう一つ重要な条件があった。
当時は、外部環境が良かった。

外部要因が“勝たせてくれた”時代

創業から拡大期にかけて、消費税率は今よりずっと低かった。
税が、事業構造を圧迫する感覚はほとんどない。

粗利が薄くても、

  • 回せばなんとかなる
  • 量を取れば吸収できる
  • 我慢すれば続けられる

そう信じられる余地が、確かにあった。
重要なのは、ここだ。

この会社は、内部が強かったから勝ったのではない。
外部環境が優しかったから成立していた。

だが、人は成功した理由を「構造」ではなく「努力」や「姿勢」に帰属させてしまう。

この認知のズレが、後に大きな歪みを生む

給食サービス業の利益率は、正直に言って極端に低い。
粗利が数%出れば「良い方」だ。
しかも、経営に必要な主要な要素は、ほぼ固定されている。

  • 売価は自治体や病院、大口顧客が決める
  • 原材料費は市場価格に振り回される
  • 人件費は簡単には下げられない
  • 税制は国が一方的に変える

つまり、自分たちで動かせるレバーがほとんどない。
経営とは本来、「どこに資源を投じ、何をやめ、何を選ぶかを決める仕事」のはずだ。

だが、この業界では「決める以前に、選択肢が存在しない」という状態が常態化していた。

軽減税率が突きつけた現実

2019年10月、食品に8%の軽減税率が導入された。

表向きには「消費者に優しい制度」だ。
だが、外食・ケータリング企業の内部では、空気が変わった。

  • 食料品の仕入は控除できる消費税が減税される
  • 売上の税率はそのまま
  • 差額は会社が飲み込む

この時点で、すでにパンチが入った。

そして2021年から2023年にかけて、静かに赤字に沈んだ。
そこから値上げ交渉で立ち直した。

しかしもし将来、食品軽減税率が0%になったらどうなるか。
普通なら、経営会議で真っ先に議論されるはずのテーマだ。

だが、現場でも、会議でも、この話題が真剣に扱われることはほとんどなかった。

なぜ「考えること」自体が消えていくのか

理由は単純だった。

  • 税制は国が決める
  • 価格は顧客が決める
  • 自分たちは従う側だ

この前提が、組織全体に深く染み込んでいた。

「どうしようもない」

「決まったことだから」

「うちが考えても意味がない」

こうした言葉が、思考停止の免罪符として使われていた。
やがて、考えること自体が“余計なこと”になる。

管理職という装置が増えていった

構造的に詰まり始めた頃から、組織に一つの変化が起きた。

管理職が増えていった。
課長、部長、マネージャー、統括責任者。
肩書きだけは増え続ける。

彼らに与えられたものは、

  • 責任
  • 数値目標
  • 現場統制

一方で、与えられなかったものは、

  • 価格決定権
  • 原価調整権
  • 事業撤退の判断
  • 戦略を変える権限

つまり、決められないのに、責任だけを負う役職だった。

トップはなぜ管理職を増やすのか

これは悪意ではない。
むしろ、とても人間的な反応だと思う。

結果が出ない。
でも、自分が間違っていたとは思いたくない。

そこで生まれる解が、「判断したことにする誰か」を置くことだった。
管理職は、トップが自分を責めずに済むための緩衝材になる。

管理職の「人形化」を間近で見た

時間が経つにつれ、管理職は変わっていった。

  • 自分では決めなくなる
  • 上の意向をそのまま下に流す
  • 失敗すれば頭を下げる
  • 成功しても評価されない

彼らは経営者ではない。
責任を演じる役者だった。

一方トップは、

  • 現場の混乱を直接見ない
  • 悪い報告は管理職止まり
  • 「指示は出している」と言える

安全な場所に立ち続ける。

改善策がいつも机上論だった理由

この構造で出てくる改善案は、毎回同じだった。

  • 手順を増やす
  • 点検回数を増やす
  • ルールを細かくする
  • 書類を厚くする

現場は削れる。
だが、利益は一円も増えない。
構造に触れていないからだ。

管理職が増えるほど、会社は弱くなった

皮肉なことに、

  • 管理職が増える
  • 会議が増える
  • 承認フローが増える

結果として、

  • 意思決定は遅くなる
  • 現場の自由度は下がる
  • まともな人から辞めていく

最後に残るのは、何も決めないことに適応した人だけだった。

強調しておきたい。

これは誰かがバカだったからでも、怠けていたからでもない。
「決められない構造」が、人をそう振る舞わせただけだ。

舞台の外に立った感覚

もしあなたが、

  • 管理職が人形に見える
  • 会議が茶番に見える
  • なぜか笑えてしまう

そう感じているなら、あなたはもう舞台の外側に片足を出している。

それは冷笑ではない。
視点が変わった証拠だ。
残る問いは一つだけだ。

この劇を、これからも演じ続けるのか。
それとも、降りるのか。

それを決める自由だけは、まだ手放していない。

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