価値を定義できない会社に、本社は要らない──給食サービス企業で見続けた「人形化経営」の記録【5】

社会と向き合う

その仕事は、一円の利益を生んでいたか

給食サービス企業に勤めると、言葉にしづらい違和感を抱いた。

この業界は、受託産業だ。
病院、学校、福祉施設――
価格はほぼすべて、先方が決める。

こちらができるのは、提示された金額の中で「どうにか回す」ことだけ。

現場では、

  • 食材のロスを減らす
  • 一分一秒を詰める
  • 一円単位で原価と格闘する

そんな日々が続いていた。
一方で本社では、広報、研究、企画、人事、総務といった部署が並び、多くの人が資料を作り、会議を重ねていた。

その光景を見ながら、私は次第に、ある問いを避けられなくなっていった。
この会社で、現場以外の仕事は、利益を生んでいるのだろうか。

広報――価値を定義できない場所で行われる言語装飾

広報部門は、常に忙しそうだった。
会社案内、パンフレット、ウェブサイト、理念集。
そこに並ぶ言葉は、だいたい決まっている。

  • 想い
  • 利他
  • 社会貢献
  • 食を通じた未来づくり

だが、現場にいた私には、それらの言葉が価格に一切影響を与えていないことが分かっていた。
どれだけ美しいコピーを書いても、自治体の入札価格は一円も上がらない。

つまり広報は、顧客に向けて価値を伝えているのではなく、「経営している感覚」を社内に供給する装置になっていた。

価値を自ら定義できない以上、広報は外ではなく、内側に向いて機能する。
そのことに気づいたとき、私は少し背筋が冷えた。

研究――底の抜けたバケツに水を注ぐ仕事

研究部門には、調理効率、献立設計、衛生管理、作業動線を考える人たちがいた。

彼らは本気で、「現場を良くしよう」としていた。
だが、この業界には決定的な構造がある。

  • 効率化で浮いた分は、次回契約の値下げ根拠になる
  • もしくは、社会保険料や税負担に消える
  • あるいは、増え続ける管理部門の人件費に吸収される

研究成果が、会社の利益として残らない。
どれだけ頑張っても、成果は構造の外へ流れ出ていく。

それはまるで、底の抜けたバケツに水を溜める方法を真剣に研究しているようなものだった。

バックオフィス――支援ではなく監視へ

人事や総務も、本来は重要な役割を担う部署だ。
だが、現実にはその性質が変わっていった。

  • 現場のミスを文書で詰める
  • 承認フローを増やす
  • ルールを細分化し、裁量を削る

目的は明確だった。
「何かあったとき、誰の責任かを明確にする」
それは利益を生む行為ではない。

ただの防衛コストだ。
皮肉なことに、その防衛コストを支えているのは、現場が必死に絞り出した利益だった。

現場だけが、実在していた

私は極端な結論にたどり着いた。
このビジネスモデルにおいて、本当に実在しているのは現場だけだ。

  • 食材を切る
  • 調理する
  • 決まった時間に届ける

この一連の労働だけが、確実に対価を生んでいる。
それ以外の機能は、価値を生まない限り、現場の利益を消費する存在になってしまう。

価格を決められない以上、本社機能は最小限でいい。

広報も研究も、本質的には不要だったのではないか。
そんな考えが、確信に変わっていった。

優秀な人ほど、虚構を支えてしまう

本社の人間は、怠けていなかった。
むしろ、真面目で、優秀だった。

だが、その知性は価値創造ではなく、虚構の維持に使われていた。
「この仕事は、何円の利益を生んでいるか」

その問いに、数字で答えられる人はほとんどいなかった。
答えられないからこそ、資料が増え、会議が増え、物語が厚くなっていく。

人形劇は、そうやって完成していく。

削ぎ落とした先に残るもの

「現場が回りさえすればいい」
この言葉は、現場軽視ではない。

むしろ逆だ。
虚飾をすべて削ぎ落としたあとに残る、

唯一の現実への敬意だ。
もし本社で資料を作りながら、「これ、何の意味があるんだろう」とふと笑ってしまったことがあるなら。

それは、虚構の舞台から降り、現実の冷たい地面に足がついた瞬間だ。

無駄なものを、無駄だと認める。
その潔さだけが、沈みゆく構造の中で、自分の感覚と魂を守る最後の手段になる。

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