自然って、どこからどこまで?──「色即是空」を感じる調和の場として

社会と向き合う

※この記事では、「色」や「空」といった『色即是空』の概念を扱っています。
※「色」と「空」、そして『色即是空』の意味をより深く知りたい方は、以下の記事で詳しく解説しています。

自然とは何か──子どもの頃からの疑問

子どもの頃から、ずっと不思議に思っていたことがある。

「自然」って、どこからどこまでが自然なんだろう?

人の手がまったく入っていない場所が自然なのか。
人の手が加わっていても、木々や水の気配を感じられる場所は自然なのか。
それとも、人間だって地球から自然発生した存在なのだから、人が作ったものすら自然と呼べるのか──。

子ども時代の「自然感覚」

小学生の頃、私は家の近くの小さな川でよく遊んでいた。
その川はコンクリートで護岸され、水の流れもゆるやかに制御されている。
けれど川の中にはメダカやドジョウが泳ぎ、岸辺にはシロツメクサが咲き、トンボが飛んでいた。

大人になって改めて見ると「あれは人工的な川」なのかもしれない。
でも、子どもの私にとっては、あれはまぎれもなく「自然」だった。

この記憶があるからこそ、私は自然の定義を「手つかずかどうか」だけで決められない気がしている。

自然の境界線は時代ごとに変わってきた

歴史をひもとくと、「自然」という言葉は時代や文化で大きく変化してきた。

  • 古代〜中世
    古代ギリシャの「physis(自然)」は「成るもの」「本来ある姿」を指した。
    人間もその一部であり、人工物も自然の延長にあった。
    宗教的世界観でも自然は神の創造物であり、人はその中に生きる存在だった。
  • 近代(産業革命以降)
    科学と技術の発展によって、人間は自然を「資源」として捉え始めた。
    「自然=支配すべき対象」という見方が広まり、森林伐採や土地開発が加速する。
  • 近代後期〜現代
    工業化の反動としてロマン主義やルソーの思想が「自然=純粋で守るべきもの」という価値観を広める。
    自然は人間から切り離された理想郷のように描かれた。
  • 現代の環境倫理
    生態学や気候科学の発展で、「自然」と「人工」の境界は曖昧なものとして捉えられ始めている。
    グラデーションとしての自然観が広がっている。

自然か人工か──3つの見方

自然の定義には、大きく分けて3つの立場がある。

  1. 人間と切り離す派
    原生林や手つかずの山など、人間の介入がない場所だけを自然とする。
    ただし現代では、本当に完全な「手つかず」はほとんど存在しない。
  2. 人間も含める派
    人間も自然から生まれた存在だから、人間の作ったものも自然の一部と考える。
    アリが巣を作るのと、人間が街を作るのは同じ営みだとみなす考え方。
    この立場では、高速道路も工場も「自然」に含まれる。
  3. 感覚で決める派
    木や水、風や鳥の声を感じられれば自然。
    公園や庭園も含まれる。
    この立場では、自然とは物理的な状態よりも「感じ方」によって定義される。

「色即是空」と自然──移ろいと調和の視点

ここで、私が大切にしている視点を紹介したい。

それは仏教の言葉、「色即是空、空即是色」だ。

「色」は形あるもの。山も木も水も、私たちが目に見て触れるもの。
しかしそれらは「空」、つまり実体が固定されたものではなく、常に変化し続ける「無常の流れ」だということを意味する。

山は長い時間をかけて削られ、また隆起し、形を変える。
草木は芽吹き、咲き、枯れて土に還る。
水は絶えず流れ、形を変えながら循環する。

この「移ろいゆく調和」こそが、私の思う「自然」の本質だ。

人工物が増えた現代社会と「空」の感覚

現代は人工物があふれている。
ビルや道路、機械はできるだけ変化しないよう作られている。
それは長持ちさせるためであり、効率のためでもある。

けれど、その結果、私たちは「空」──すなわち、すべてが移ろい、やがて無に還っていく感覚を忘れがちだ。
人工物は人間の時間尺度では変わりにくい。
でも長い目で見れば、必ず劣化し崩れ、消えていく。

その変化のリズムが私たちの感覚から遠くなっているだけなのだ。

草木や水が教えてくれる「色即是空」

草木や水は、私たちの時間感覚に近いスピードで変化を見せてくれる。

  • 季節ごとに芽吹き、花を咲かせ、葉を落とす草木。
  • 川面のさざ波や雨上がりのきらめき。

これらは私たちに、形あるものが絶えず変わり続けていること、
そしてその背景には変わらない「空」の調和があることを思い出させてくれる。

だからこそ、草木や水のある場所は、
「色」と「空」が一体となった調和の空間なのだ。

自然とは、「色即是空」を感じられる場である

私は、「自然」とは単に「人の手が入っていない場所」ではなく、

「色(形あるもの)」と「空(無常と調和)」を感じられる場

だと思う。

森や川辺、公園の一角、あるいは街の鉢植えでさえ、
この調和を感じられれば、それは「自然」になる。

逆に、どんなに自然らしい景色でも、その「空」の調和が感じられなければ、どこか違和感が生まれるだろう。

私たちの中にある「自然」との境界

自然は、外にあるだけではない。
その境界は私たちの感覚の中にもある。

日々の暮らしの中で「色即是空」を感じ、調和に身を委ねる時間を持つこと。
それが、自然とつながる第一歩なのかもしれない。

おわりに

自然の定義はひとつではない。
時代や文化、科学や哲学の視点によって形を変え続ける。

しかし、「色即是空」の視点は、
自然を感じるための普遍的な感覚の扉を開いてくれる。

それは、移ろいゆく世界のなかに調和を見つける旅でもある。

あなたにとっての「自然」は、どんな風に映っているだろうか。

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