※この記事では、「色」や「空」といった『色即是空』の概念を扱っています。
※「色」と「空」、そして『色即是空』の意味をより深く知りたい方は、以下の記事で詳しく解説しています。
空を色に変えるということ
私たちは、思考や関係性という「空」を、日々言葉という「色」に変換して生きている。
ふとした感情、複雑な人間関係、微細な気づき。それらを誰かに伝えるとき、私たちは無意識のうちに「色」にする。色とは、形あるもの、意味を持ったもの、つまり言葉である。
しかし、言葉にするという行為は、決して中立ではない。
思考の深さ、関係性の微細な揺らぎ、言葉にならない“何か”──それらを「言葉にする」とき、不可避に“失われていく”部分がある。
言葉にするとは、限定すること。
そこに私は、どうしようもない虚しさを感じる。
妻に伝えた、ある一節
ある日のことだ。私は、自分のブログに書いた文章の一節を妻に話してみた。
自分の中では、その文章に深い意味が込められていた。何日もかけて練り上げ、ようやく形になった言葉だった。
「これは、響くだろう」と思った。
というよりも、「響いてほしい」と思っていた。
けれど、妻の反応は淡々としていた。
「ふーん」「へえ、そうなんだね」
それは拒絶ではない。ただ、静かな受け流しだった。
響かない言葉の虚しさ
その瞬間、私の中に沈黙が訪れた。
何かが「音を立てて崩れた」のではなく、静かに、「伝えようとした気持ち」が消えていったような感覚だった。
「わかってくれなかった」という感情でもない。
「伝わらなかった」という悲しみでもない。
それはもっと淡くて、でも芯の深いところで起きた「虚しさ」だった。
まるで言葉が一度も誰かの空に届かず、自分の手の中で消えてしまったような、そんな気配。
なぜ響かなかったのか
時間が経ってから、私は考えた。
なぜ、あれほど自分の中では強く響いていた言葉が、妻には響かなかったのか。
その問いを繰り返すうちに、ある仮説にたどり着いた。
それは──「私という色が、言葉を作っていた」ということだ。
言葉は道具であると同時に、「私そのもの」でもある。
私という存在の色──価値観、経験、過去、願い、葛藤。
それらが強く混じった言葉は、確かに「色濃い」けれど、それゆえに、他者の空に届きにくい。
言葉が“自己確認”のためのものになっていた。
それは、他者に届く言葉ではなかった。
「空」がなければ、言葉は響かない
色が強ければ強いほど、空は失われる。
空がなければ、言葉は響かない。
言葉が誰かの心に届くとき、そこには必ず「余白」がある。
その余白とは、聴く人が入り込むことのできる隙間であり、
その人の「空」と共鳴するための透明さだ。
だが、私の言葉は色が強く、輪郭がはっきりしすぎていて、妻の空と繋がる道を持っていなかった。
たとえ善意や愛情が込められていても、それは伝える側の思い。
受け取る側の宇宙に入っていくには、色を薄める必要があった。
私がいなくなってから、届く言葉
そう考えたとき、私はふとこう思った。
もしかしたら、このブログの言葉たちは、
「私という存在がいなくなってから」ようやく妻に届くのかもしれない、と。
私が生きて、日々を共にして、言葉を重ねている間は、
どうしてもその言葉は「私の色」に染まりすぎている。
だから、私という存在が「空」になったあと、
初めて、真に開かれた「言葉」として、誰かに届くのかもしれない。
妻に、子どもに、あるいは見知らぬ誰かに。
このブログは、響かない言葉を残す装置
私は、それを覚悟して、このブログを書いている。
今この瞬間に、誰かに理解されるためではない。
今この時点で「いいね」や共感を得るためではない。
このブログは、「今は響かないかもしれない言葉」を、
「いつか誰かの空に届くかもしれない言葉」として、
静かに、静かに記録していくための装置だ。
不確かで、非効率だけれど、
それでも私は言葉を残す。
なぜなら、いま響かない言葉ほど、空に近いと信じているからだ。
それでも、言葉に託す理由
言葉にした瞬間に、本質は壊れるかもしれない。
誰にも伝わらず、消えていく言葉もあるだろう。
でも、私たちはそれでも言葉を使う。
それでも語り、書き、誰かに届けようとする。
それは、言葉の向こうに、空を信じているからだ。
関係性の中で、思考と感情が溶け合い、
言葉以上の“何か”が生まれる瞬間を、信じているからだ。
終わりに:無音の響きを信じて
今、誰にも響かないように思える言葉がある。
けれど、響かないことと、無意味であることは違う。
むしろ、今響かない言葉の中にこそ、
未来へと繋がる静かな種が眠っているのかもしれない。
私は今日も、その種をひとつずつ、
このブログという装置に預けていく。
それが芽吹くかどうかは、もう私の手を離れている。
けれど、空がある限り、きっとどこかで、誰かに響く日が来る。
その日を、静かに信じて。








コメント