散らばった紙の向こうに見えたもの

自分と向き合う

※この記事では、「色」や「空」といった『色即是空』の概念を扱っています。
※「色」と「空」、そして『色即是空』の意味をより深く知りたい方は、以下の記事で詳しく解説しています。

── 食品表示アプリがもたらした、静かな革命

以前、棚の中には、たくさんのファイルが並んでいた。
ぎゅうぎゅうに詰め込まれた紙。折り目がついたままのコピー。手書きで修正されたメモ書き。

それは、まるで何かを語ろうとしているのに、声にならない記憶のようだった。

表示をつくるたびに、誰かがその記憶の断片を探しに行った。
あの人に聞いて、この人に連絡して、書庫を開けて、昔のメールをたどって。

── あれは、あのメーカーだったかな。
── 最新の規格書、もらってたっけ?

いつもどこか、不安と迷いがつきまとっていた。

何かを作るはずの仕事なのに、まず「探すこと」に心をすり減らしていた。

情報は、そこにある。でも「見えない」

原材料の情報は確かに存在していた。
でも、それはあまりにもばらばらで、手が届きそうで届かなかった。

紙の束、PDF、メールの添付、机の引き出し、あるいは“あの人の頭の中”。

誰もが一度は見たことがあるような気がするけど、必要なときに限って見つからない。
そんな情報のあり方は、不確かで、どこか冷たかった。

何か大切なことが、いつも取りこぼされていくようで。
そうしているうちに、「まあ、これでいいか」という妥協が日常になっていく。

「正しい表示を作ること」は、いつのまにか「間違ってないと思われるものを出すこと」にすり替わっていた。

一枚の紙から、すべてが変わる

きっかけは、ひとつの問いだった。

「なんで、これがこんなに大変なんだろう?」

そこから、少しずつ変えていくことを決めた。

まずは、すべての原材料情報を一元化すること。
バラバラだった紙を、ひとつのデータベースに。
ファイルの山から、デジタルの世界へ。

探す手間も、連絡の手間も、記憶の手間も、すべて省けるように。

情報は、誰かのものではなく、「みんなのもの」として、見える場所に置いた。

データが、関係性をつくる

整理された情報は、ただ便利になっただけではなかった。

「つながり」を生み始めたのだ。

この原材料は、どの商品に使われているのか。
どのメーカーから、どんな条件で仕入れているのか。
どのレシピに、どれだけ使っているのか。

ひとつひとつが、誰かの仕事と結びついていた。
その結びつきが見えるようになったとき、仕事が変わり始めた。

「私たちは、こんなにも多くのものと関わっていたんだ」と。

ただの情報ではない。
人と人との信頼、時間の積み重ね、選んだ理由と責任。
それらが可視化されたとき、仕事に静かな誇りが生まれた。

入力すれば、自然と「かたち」になる

開発したアプリにレシピを入力すると、必要な表示が自動でつくられる。

原材料の並び順。栄養成分の計算。アレルゲンの表示。
手間だったすべてが、整理されたデータの中から一瞬で引き出される。

それは魔法ではない。
誰かの思いと、知識と、行動が積み重なった結果だ。

面倒だった作業が、今では“意味のあること”になった。

「これで合ってるのかな?」と不安だった気持ちが、「これでいい」と確信に変わった。

整理することで見えてきた、大切なもの

このアプリは、単に便利なツールではない。

かたちのなかったものに、かたちを与える。
散らばったものを、ひとつに束ねる。
曖昧だった日常を、少しずつ整えていく。

それは「業務改善」なんて言葉では語り尽くせない。

見えなかったものを、見えるようにした。
見過ごされていた声に、光を当てた。

情報の裏にある「関係性」を見えるようにしたとき、
仕事はただの作業ではなく、「誰かを思うこと」になった。

静かな場所に咲く、小さな希望

無秩序だった棚の中から、静かに一輪の花が咲いた。

誰も見ていなかったかもしれない。
でも、その変化は確かにあった。

探す時間が減り、話す時間が増えた。
迷いが減り、安心が増えた。
「やらされている」から、「やってよかった」へ。

仕事は、人と人との営みだ。
便利になることは、冷たくなることではない。
むしろそこに、あたたかさが宿る。

今日もまた、誰かがそのアプリを開いている。

静かに、確かに。
日々の混沌のなかに、整理された情報の光が灯っている。

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