※この記事では、「色」や「空」といった『色即是空』の概念を扱っています。
※「色」と「空」、そして『色即是空』の意味をより深く知りたい方は、以下の記事で詳しく解説しています。
はじめに──笑える絵本の奥にあるもの
柴田ケイコさんの絵本『パンどろぼう』は、子どもに大人気の作品です。
ユーモラスなキャラクターとテンポのよい展開は、読む人を笑わせ、親子で楽しく過ごせる一冊。
けれど、この物語にはただ「パンを盗む泥棒」の面白さ以上のものが隠れていると感じます。
私はそこに「色」と「空」という視点を重ねて読みました。

美味しいパンという「色」
パンどろぼうが欲しがるのは、美味しいパン。
しかし美味しいパンは、材料を混ぜれば勝手にできるものではありません。
- 食材の質
- こね具合や温度管理
- 発酵の時間
- 酵母の働き
- パン屋の経験と感覚
無数の要素が織り込まれて、初めて「美味しいパン」という「色」が立ち現れるのです。
つまり、美味しいパンは「関係性の積み重ね」=「空」から生まれるもの。
パン屋の「誰かを喜ばせたい」という想いさえ、その空の一部です。

パンどろぼう──色だけを見る独りよがり
しかし、パンどろぼうはその「空」を見ません。
見ているのは「美味しいパン=色」だけ。
だから奪う。だから盗む。
そこにはプロセスへの敬意もなく、他者との関係性もありません。
パンどろぼうは独りよがりな存在なのです。
森のパン屋──色だけを作る独りよがり
物語の中でパンどろぼうは、森のパン屋に出会います。
そこには焼きたてのパンが並んでいる。見た目は立派です。
けれど、食べてみると「まずい」。
その理由は明らかです。森のパン屋は「色」だけを見て、形だけを真似ているから。
関係性を大切にせず、空を持たないから味に心が宿らない。
つまり、このパン屋もまた「空」を持たず、独りよがりな存在だったのです。

色と色がぶつかった時、空になる
二人が出会ったとき、言葉という「色」をぶつけ合いました。
パンどろぼうは叫びます。
「これが せかいいちおいしいパン だなんて みとめないぞ!」
すると、パン屋のおじさんは静かに言いました。
「きみも いっしょに パンを つくっては どうだろう」
するとどうなるか。色は砕け、残るのは「空」。
森のパン屋は、自分のパンに欠けていたものを思い知らされました。
パンどろぼうは、自分が奪ってきたものの背景にある「関係性」に気づきます。
お互いが「空」に立ち返った瞬間、そこには反省と新しい可能性が生まれたのです。
空と空を紡ぎ合わせる
二人は、それぞれに「空」を持っていました。
- パンどろぼうは、世界中で美味しいパンを食べたいという想い——空。
- 森のパン屋は、美味しいパンを作りたいという想い——空。
この二つの空が出会い、紡ぎ合ったとき、まるで核融合のように新しい光を放ちました。

世界一美味しいパンという「色」
二人が協力して作ったパンは、今までにない美味しさを持っていました。
そのパンは人々の心に響き、評判となり、広がっていきます。
やがて「世界一美味しいパン」と呼ばれるようになるのです。
ここに描かれているのは、単なる泥棒の改心や友情の物語ではありません。
「空を紡ぐことからこそ、本物の色が生まれる」という真理なのです。
子どもから高校生まで惹きつける理由
『パンどろぼう』は、小さな子どもだけでなく、高校生など思春期の世代にも人気があります。
単にキャラクターが可愛く、展開が面白いからではない。
その奥にある「関係性という空への渇望」が、今の子どもたちの心に響いているのではないでしょうか。
現代の家庭では、両親が共働きで忙しく、関係性をじっくり紡ぐ時間が少なくなりがちです。
そんな環境の中で育つ子どもたちは、無意識のうちに「空」を求めているのかもしれません。
つまり、ただ結果や形(色)を得ることでは満たされず、
「誰かと一緒に過ごす時間」「プロセスを共に味わうこと」といった関係性を心の底で欲している。
『パンどろぼう』が世代を超えて人気を集めているのは、笑える物語の奥に、この「空への渇望」を映し出しているからだと思えてなりません。

空を見ることが幸せを生む
この物語から学べるのは、色だけを見ていては独りよがりになるということ。
大切なのは、目に見えない関係性──空に目を向け、紡ぐことです。
空を紡ぐとき、そこに喜びが生まれます。
そして不思議なことに、誰かを喜ばせようとする時、実は自分自身も一番幸せになれるのです。
おわりに──絵本から広がる真理
『パンどろぼう』は子どもが声を上げて笑う絵本です。
でも同時に、大人が「色と空」の本質を学べる物語でもあります。
色だけを見るのではなく、空を見ること。
空を紡ぐこと。
それこそが、子どもも大人も幸せに生きるためのヒントではないでしょうか。
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