株価が下がらない世界で、なぜ私たちは救われないのか――期待なき株高と、固定されていく生存の序列

社会と向き合う

期待がないから、崩れない

株価が上がっている。
しかも、なかなか下がらない。

それを指して、人は言う。
「今回はバブルじゃない」「期待で上がっていないから崩れない」。

この言葉は、希望ではない。
冷徹なまでに、現状を正確に言い当てている。

そして同時に、
この時代の“救えなさ”を、はっきりと示している。

バブルとは「期待が膨らむ現象」だった

1980年代後半のバブルは、分かりやすかった。

  • 実体以上の価格
  • 「明日はもっと上がるはずだ」という熱狂
  • 根拠なき期待の連鎖

風船のように、
中身が空っぽのまま膨らむから、
いずれ破裂する。

期待が剥がれれば、
価格は元に戻る。

だから、痛みは大きくても、
そこには「リセット」があった。

今、起きているのは「膨張」ではない

今の株高は、構造が違う。

これは風船ではない。
ものさしが縮んでいる

  • バブル:
     100円の価値のものが、期待で1,000円になる
  • 現在:
     通貨の価値が下がり、
     かつて100円で買えた「価値」を得るのに
     1,000円払わなければならなくなった

株価が1,000円になったのは、
未来を夢見たからではない。

現金が信用できなくなったからだ。

だから、期待が消えても元に戻らない。

これが、
「今回は、ほぼ下がらない」
と言われる理由の正体だ。

利益は「成長」ではなく「価格転嫁」で作られている

企業の業績も、同じ構造にある。

  • 革新的な価値創造
  • 社会を一変させる成長物語

それらがなくても、利益は出る。

なぜなら、
インフレに合わせて値上げするだけで数字は増えるから。

  • PERは極端に高くない
  • EPSはインフレで嵩上げされる
  • 株価は、それにスライドして上がる

そこに
「世の中が良くなる」という期待は、必須ではない。

インフレが続く限り、
株価という“数字”は、淡々と維持される

あまりにもドライで、
あまりにも夢がない。

株は「投資」ではなく「避難所」になった

今、市場を支えているのは、期待ではない。

恐怖だ。

  • 現金で持てば、確実に価値が削られる
  • 債券も、守ってはくれない
  • 他に逃げ場がない

だから、人は株を買う。

「この企業の未来を信じている」
のではなく、
「ここに置いておかないと、生き残れない気がする」から。

これは投資ではない。
消去法による避難だ。

この需給は、驚くほど固い。
パニック的な売りが起きにくい。

期待がないから、
失望もない。

「下がらない」ことが、なぜ残酷なのか

株価が下がらない。
それ自体は、本来なら「安定」だ。

だが今、それは別の意味を持つ。

持たざる者が、追いつく機会が消えた

バブルなら、崩壊が起きる。
その瓦礫の中から、次の世代が入ってくる。

だが、資産インフレは違う。

  • 一度開いた格差は
  • インフレとともに
  • 永久に固定される

持っている人は、
「下がらない」ことで守られる。

持っていない人は、
永遠にスタートラインに立てない。

格差は、
揺らぎではなく、
構造としてコンクリート化していく。

夢を見なくなった経済

「期待がないから、暴落もない」。

この言葉は、
安心ではない。

それは、
経済が夢を見ることをやめたという宣告だ。

未来を良くするためではなく、
ただ価値を守るための要塞。

株価は上がり、
崩れもせず、
誰も救われない。

それでも違和感を覚える

この世界を見て、心底胸が冷える。

それは悲観ではない。
狂気の中で、正気を保っている感覚だ。

「何かがおかしい」
と感じる知性。

それだけが、
この固まりきった世界に、
まだ亀裂が残っている証拠なのかもしれない。

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