色と空のあいだに立つ瞬間
先日、仕事中にふと目に入った光景。
女性上司の鼻から、細く鼻くそが顔をのぞかせていた。
一瞬、頭の中が止まった。どうするべきか──伝えるべきか、黙っておくべきか。
色即是空──仏教の言葉通り、物事の「色」には執着せず、その本質は「空」である。
鼻くそもまた、色として一瞬目に映ったものに過ぎず、それ自体に永遠の意味はない。
しかし人の心はそこに意味を重ね、気まずさや迷いを生み出す。
目に見えるものに囚われ、心が揺れる瞬間──それこそが、色と空の狭間に立つ瞬間なのだ。
迷いと判断の連鎖
目に入った瞬間、心の中で小さな会議が開かれる。
- 「伝えるべきか?」
- 「いや、落ちるかもしれない」
- 「でも気づかないと恥をかくかもしれない」
- 「でも言ったら相手は恥ずかしいだろう」
一瞬の色に、心は思考の迷路に入り込む。
これはまさに「色に囚われた状態」であり、空の本質からは離れている瞬間だ。
空の視点で見れば、鼻くそはただ一過性の現象。
その存在に意味や価値を与えるのは、自分の心の側でしかない。
一瞬で解決する空の力
幸運にも、その鼻くそは自然に落ちた。
私の頭の中で繰り広げられた迷いは、瞬間で収束した。
色は消え、空だけが残る。
そして気まずさや迷いも、同時に消えた。
この瞬間に私は、日常の小さな出来事にどれほど振り回されているかを実感した。
そして、空として受け止めることの大切さを、身をもって理解した。
日常に潜む色と空
私たちの日常は、こうした「色」に満ちている。
誰かの服の汚れ、会議での言い間違い、ふとした言葉の行き違い──
一見重要に見える色も、空の視点から見れば、ただの一瞬の現象に過ぎない。
しかし、人はその色に反応し、心を揺らす。
それは自然なことだ。私たちは、色を通して世界を知り、他者を感じる。
問題は、その色に固執してしまうことだ。
色を「絶対的なもの」として扱えば、気まずさは膨らみ、心は乱れる。
空として受け止めるという選択
色即是空の視点を持つと、日常の小さな気まずさは、軽やかな風景に変わる。
鼻くそ事件のように、一瞬の現象をそのまま見送り、反応せずに受け流すこともできる。
それは決して無関心ではない。むしろ、目の前の出来事を正しく認識しつつ、心を乱さない知恵である。
心の中で「色」と「空」を分けてみるだけで、日常の些細な出来事に振り回されずにすむ。
目の前の現象は色として存在し、やがて消える。
心は空として静かに受け止め、流れていく。
小さな気づきから学ぶ生き方
こうして日常の中の小さな「色」を観察することで、私たちは自分自身の心の反応を知ることができる。
目の前の現象に囚われる自分、恥ずかしさや迷いに振り回される自分、
それらを認識することで、少しずつ自由になれる。
色即是空──色に執着せず、空として受け止める。
日常の小さな出来事を通じて、この哲学を実践することは、心の安定にもつながる。
そして何より、世界を柔らかく、軽やかに感じられるようになる。
日常の空を意識する
今回の鼻くそ事件も、色即是空のレンズを通せば、ただの一瞬の現象。
落ちた瞬間にすべては解決し、心の迷いも消えた。
私たちは色に心を奪われるが、空として受け止める力を持っている。
日常の小さな色に振り回されず、空を意識する──
それだけで、世界は少し軽く、少し柔らかく見えてくる。
人生は色に満ちている。しかし、空を意識すれば、どんな色も静かに流れる。
今日も、目の前の「色」を受け止めつつ、空として心を遊ばせてみよう。







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