日常に潜む小さな宇宙
保育園の送迎で見つけた道
子どもの保育園に向かう朝、私は川沿いの道を走ります。
わずか200mほどの短い道。車がすれ違える場所は、たった二ヶ所しかありません。
意外と多い車の往来
短い道だからこそ油断しがちですが、意外にも車は多く通ります。
朝や夕方になると、ひっきりなしに車がやって来るのです。
それでも渋滞が生まれない理由
不思議なのは、これだけ車が集まっても“渋滞”がほとんど生まれないこと。
そこには、言葉を交わさずとも成り立つ「宇宙の法則のようなリズム」が流れているのです。
宇宙のように成り立つ秩序
3〜4台ずつ交互に通るリズム
この道では、自然と3〜4台の車が続けて通り抜けたら、次は反対側からの車が同じように進みます。
まるで波のように、互いの流れが交互に行き来しているのです。
誰が決めたわけでもない秩序
そのルールは、誰かが決めたものではありません。
看板があるわけでもなく、交通整理があるわけでもない。
ただ、通る人たちが自然と感じ取り、守り続けている秩序なのです。
秩序が流れをつくる
このリズムがあるからこそ、車は滞ることなく進んでいける。
渋滞が生まれないのは、宇宙に流れる法則と同じように、互いが無理なく調和しているからだと感じます。
秩序に調和できない瞬間
新入りが現れたとき
ときどき、この道に「新入り」が現れます。
まだリズムを知らないその車は、自分の都合だけで進んでしまうのです。
心に芽生える小さな苛立ち
そんなとき、私は不思議とイラっとします。
「どうしてわかってくれないんだろう」──その小さな苛立ちは、秩序が乱れるときに生まれる感情なのかもしれません。
かつては自分も新入りだった
しかし振り返れば、私自身も最初からこのリズムを理解していたわけではありません。
何度も通ううちに、自然と体で覚えていった。
新入りもまた、やがてこの宇宙のリズムに調和していくのでしょう。
感情の揺らぎも宇宙の一部
そう思うと、苛立つ自分さえもまた、この小さな宇宙の一部。
不完全さがあるからこそ、調和へと近づいていけるのだと気づきました。
自分を映す宇宙のリズム
譲り合いが生み出す調和
この道で生まれる秩序は、お互いを尊重し合う心から始まります。
譲ること。待つこと。会釈を返すこと。
その小さなやり取りが、200mの道を宇宙のように流れる場にしているのです。
不完全な自分もリズムの一部
苛立ちを覚えたり、焦ったりする自分。
その不完全ささえも、この秩序の一部なのだと思います。
調和に向かうリズムは、完全さではなく不完全さを含みながら成り立っているのです。
話し合わなくても成り立つ秩序
妻との生活でも同じこと
私は思い出します。妻と結婚した当初、二人でルールを話し合って決めたわけではありません。
それでも衝突が少なく、お互いを尊重しながら生活を続けてきました。
衝突が少ない理由
話し合わずとも自然に秩序が生まれるのは、相手を信頼し、尊重する心が根底にあるからです。
細かいルールはなくても、生活の中で自然と調和が生まれていました。
幸せを感じる日常
そんな日々の中で、私は小さな幸せを感じます。
一緒にご飯を食べる時間、買い物に出かける時間、何気ない会話──
秩序や形式よりも、お互いを思いやる気持ちこそが、幸せを育んでいるのだと気づきます。
おわりに──200mの道と夫婦生活が教えてくれること
渋滞のない理由は宇宙の法則
たった200mの川沿いの道、そして話し合わずとも自然と成り立つ夫婦生活。
どちらも、渋滞や衝突が生まれないのは「宇宙の法則のようなリズム」が存在するからです。
自然と調和していく自分
新入りとして秩序を知らなかった自分。
苛立ちながらもやがて調和を学んでいく自分。
この道も夫婦生活も、私に静かに教えてくれます──自然なリズムの大切さを。
今日も200mの宇宙へ
今日もまた、子どもを送りにその道を走ります。
そして日々の生活の中で、自然に成り立つ秩序や調和に身を委ねながら──。






コメント