勝負にこだわるな、芸を磨け──藤沢秀行に学ぶ、勝たない生き方の力

作品と向き合う

勝負にこだわるほど、私たちは資本に負けていく

ある日の会社の朝礼。
恒例となっている「1日1話、読めば心が熱くなる365人の仕事の教科書」の朗読の当番は私だ。
題は「勝負にこだわるな、芸を磨け」を読んだ。

最初に感じたのは、この文章は精神論でも美談でもなく、
非常に現実的で、しかも世界の構造を見据えた洞察だということだった。

勝負にこだわれば、行き着く先は資本勝負になる。
金、才能、時間、体力、肩書き――
持っている量で結果が決まる世界だ。

力のない者が、既存の市場や既存の土俵で真正面から闘えば、
負けはほぼ見えている。

私たちはつい、勝負に勝つことや成果を出すことばかりに心を奪われる。
しかし藤沢氏は、勝負そのものの構造を冷静に見ている。

勝つための努力だけでは、土俵自体が決まってしまっている以上、
力のない者は疲弊するだけだという現実を指摘する。

その指摘は、逃げや甘えではない。
勝負の土俵に縛られたままでは見えない世界を、
あえて見つめ直すための問いかけである。

芸を磨くとは、土俵を降りること

では、その土俵から降りた先にあるものとは何か。

藤沢氏の言葉を借りれば、それが「芸」である。
芸とは、誰も通ったことのない道を、自分の足で切り拓く力。

言い換えれば、勝者の土俵とは別の場所に、
新しい市場や新しい秩序を生み出す力でもある。

芸を磨くということは、遠回りをすることでもある。
迷い、不安、現実感の喪失――
夢の中を歩いているような感覚がつきまとう。

正直に言えば、つらい。
でも、それでも芸を磨くことには意味がある。

なぜなら、世界は一直線の勝者の道だけで成り立っているわけではないからだ。

世界は、遠回りと迷走の積み重ねで成り立つ

藤沢氏は、勝者だけを見ているのではない。

名前の残らない遠回り、意味があるか分からない迷走、
偶然の積み重ね――
そうしたものが、万物を、文化を、社会を形作ってきたことを知っている。

経営も同じだろう。
資本や資源だけで競争しても、結末は見えている。

だからこそ、誰も通ったことのない道を切り拓き、
比べられない価値を磨き上げることが求められる。

これは、目に見える成果や数字に換算できないかもしれない。

しかし、その積み重ねがあるからこそ、
会社も文化も、社会も、成り立っている。
数字だけでは測れない力が、現実世界を支えているのだ。

勝負に勝たなくても、生きる力はある

藤沢秀行氏の言葉で私が最も響いたのは、
勝負や成果に縛られない生き方の可能性である。

勝つことがすべての世界では、力のない者は疲弊する。
しかし、勝負にこだわらず芸を磨けば、

力比べの土俵から降りることができる。
降りた先では、迷いも不安もあるけれど、

それでも自分の足で道を作ることができる。
そして、その道こそが、世界を支える小さな足跡になる。

勝者の記録だけが世界を動かすわけではない。
名もなき遠回りの総体こそが、社会や文化を動かしている。

藤沢氏は、囲碁という勝負の世界に生きながら、
勝つことだけでは見えない世界を見ていたのだと思う。

私たちが学ぶべきこと

この言葉は、囲碁や芸術の話にとどまらない。

資本に縛られる現代社会でも、
効率と数字ばかりを追いかける日常でも、
勝負にこだわらず、独自の価値を磨くことの重要性を教えてくれる。

迷いながら歩くこと、意味の見えない遠回りを受け入れること、
そしてその足跡を信じること――
それこそが、私たちに与えられた生きる力なのだ。

藤沢秀行氏は、勝つことだけを追わなかった。
勝つことを知ったうえで、
その先にある道を見ていた。

私たちもまた、
勝ち負けに囚われることなく、
自分だけの芸を磨き、
歩み続ける道を探すことができるのだと思う。

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