家と保育園で見せる「二つの顔」
3歳の娘は、保育園と家庭でまるで違う姿を見せる。
保育園では、友達と活発に遊び、給食の時間には周りの友達を注意するなど、「しっかりもの」の一面を見せる。
一方、家では私たち親に思いきり甘え、食事の時にはいつも「食べさせて」とお願いしてくる。
同じ娘なのに、環境によって自然に振る舞いを変えられることに、毎回驚かされる。
仮面ではなく「自然な表現」
一見すると、「場所によって違う顔をしている」と思うかもしれない。
けれど、それは決して作り物の仮面ではない。
むしろ、娘はそのときの宇宙の空気を敏感に感じ取り、最も自然な形で表現しているだけなのだ。
子どもは、大人よりもずっと柔軟に空気を読み取り、周囲と調和しているように見える。
保育園という小さな宇宙
保育園は、娘にとって「友達」と「先生」という人間関係の宇宙だ。
ここでは協調性が大切で、遊びも給食もお昼寝も、みんなで一緒に過ごすことが求められる。
一緒に楽しみ、助け合う力が、自然と育まれる場所だ。
だからこそ、娘はこの小さな宇宙の中で「しっかりもの」として振る舞うのかもしれない。
家庭という安らぎの宇宙
一方で、家庭は「安心」と「甘え」の宇宙だ。
ここでは、無防備になってもいい。
わがままを言っても、受け止めてもらえる。
だからこそ、心の重力から解き放たれ、素直な姿を見せられるのだろう。
これから広がっていく宇宙たち
娘はこの先、さらに多くの宇宙を旅していく。
- 小学校では、学びと冒険の宇宙
- 中学校では、友情と葛藤の宇宙
- 高校では、自分探しの宇宙
- 大学では、自由と責任の宇宙
- 社会に出れば、仕事と人間関係の宇宙
- 自分の家庭を持てば、再び安らぎの宇宙
そのたびに、娘は新しい「振る舞い」を学び、また新しい自分を少しずつ表現していくのだろう。
大人もまた宇宙を旅している
子どもだけでなく、大人もまた同じだ。
職場や家庭、友人との集まり──それぞれの宇宙の中で、少しずつ違う自分を生きている。
それは「自分を偽っている」のではなく、むしろ「可能性を広げている」のだと思う。
人は一つの宇宙に縛られない
「私はこういう人間だから」と自分を決めつけると、人はすぐに一つの宇宙に閉じ込められてしまう。
けれど本当は、人はもっと自由で、多面的で、広がりを持っているのだ。
娘の姿を通して、私はあらためてそのことに気づかされた。
可能性に満ちた存在として
人は誰もが、いくつもの宇宙を旅できる存在だ。
そのたびに振る舞いを変え、新しい自分を見つけ出すことができる。
娘の成長を見守りながら、私自身もまた、自分の「宇宙」を少しずつ広げていきたい。







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