フルマラソンで2時間50分切りに挑戦した日

自分と向き合う

※この記事では、「色」や「空」といった『色即是空』の概念を扱っています。
※「色」と「空」、そして『色即是空』の意味をより深く知りたい方は、以下の記事で詳しく解説しています。

挑戦の朝

2016年11月の朝、新潟県マラソン選手権のスタートラインに立つ。
目指すは、2時間50分の壁。体は覚悟しているつもりだが、心は静かにざわめいていた。

2週間前の柏崎マラソンでは2時間51分28秒――あと一歩届かなかった記録。
そのときの足の感覚、呼吸、風の肌触り、沿道の景色、すべてがまだ体に残っている。
今回はその「あと一歩」を超えるために、すべてを集中させなくてはならない。

冷たい空気が肺に染み込み、吐く息が白く霧になる。
手先の感覚が少しずつ冷え、体はまだ眠っているようだ。
けれど心臓の鼓動は高まり、緊張と期待が交錯する。
この朝の空気の冷たさと静けさが、私の内側の焦燥を映し出しているようだった。

向かい風 ― 揺れる感情

スタートから最初の10キロは、小さな集団に身を委ね、1キロあたり3分50秒から4分のリズムで進む。
ランナーたちの呼吸、足音、ウェアが風に揺れる音。すべてが一つの波のようだ。
集団の中にいると安心感がある――でも、その安心は危うい。

やがて向かい風が顔を打つ。体にまとわりつくような冷たい空気が、脚の運びを鈍らせる。
集団のリズムも微かに乱れ、心まで揺れた。迷いが胸をよぎる。

「このまま風よけのために集団に残るか」
「それとも風に立ち向かい、孤独に飛び出すか」

迷う時間は短い。けれど、短い瞬間の決断が未来を左右する。
キロ4分のリズムを維持できない集団に呑まれれば、目標タイムは確実に遠ざかる。
私は決断した――単独走に切り替える。

風をまともに受けた。
しかし腕を振り、胸を張り、呼吸を整えながら、一歩ずつ前へ。
孤独の中、ペースという「色」を手探りで取り戻す。
空は広く、風は冷たく、でも前に進むしかない。

ハプニング ― 色に囚われた瞬間

30キロのエイドで、私はスペシャルドリンクを取り損ねた。
手が届かない。目の前の「色」が指先からこぼれ落ちるようだ。

戻るか、前に進むか――迷う間にも、ドリンクとの差はじわりと広がっていく。
「色」として焼きついたドリンクを断ち切れず、ペースは自然と落ちた。
3秒、5秒の差が、未来を冷酷に切り裂く。

色に囚われた私は、一瞬のミスを悔やみ、足はさらに重くなる。
32~33キロのラップはキロ4分25秒。体が鉛のように重い。
呼吸は荒く、鼓動は耳元で鳴る。

沿道の声援は届かない。
ただ、自分の足と体、そして心の揺れと闘っていた。

最後の追い込み ― 再び色に囚われる

35キロ地点。前方に一人のランナーの背中が見えた。
心に小さな光が差し込む。ペースという「色」が再び動き出す。
この背中が、細い細い手綱のように私を導く。

残り5キロ。頭の中でペースを計算する。
再びペースという「色」に囚われる。
しかし、思考のエネルギーは尽きていた。
考えは止まり、心は揺れる。
残り1キロまで、無駄に迷った。
「ああ、もう無理かもしれない。」――そんな思いが心をよぎる。

残り400メートル。50分切りの夢は遠く、絶望の影が差す。
それでも全力で足を動かす。体は痛み、肺は叫ぶ。

ゴールタイムは2時間50分2秒。
わずか3秒――夢は、指の間から零れ落ちた。
その瞬間、自然と「くそー!」という虚しい色が、陸上競技場にこだました。

学んだこと

この経験が教えてくれたのは、最後まで気を緩めず、
変わる「色」を恐れず、「空」として受け入れ、行動し続けることの大切さだ。

疲れや達成感に心を奪われるとき、人は色に目を奪われる。
しかし、その色に囚われてしまえば、目標は空に溶けて消える。

揺れる感情を手放し、今をそのまま受け入れ、波に身を委ねるように、足を前へと運ぶ。

この教訓は、マラソンだけでなく、人生のすべての挑戦に通じる。
目標を超えるために、心と体を調和させ、空と色を味方につける――
それこそが、私の走る意味であり、人生の指針である。

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