甘やかす母
私の母は、おおらかで、とにかく孫に甘い。
「食べたい」と言えば、お菓子でも何でも買って与える。そのため、実家には必ずと言っていいほど「じゃがりこ」がストックされている。
また、YouTubeを見たいと言えば、すぐに見せてくれる。
母自身の子育てを振り返ると、厳格さよりもまず子どもの気持ちを尊重するスタンスがあった。
「やりたいことをやらせてあげる」
「食べたいものは食べさせてあげる」
そんな小さな積み重ねが、私にとっては安心感と自由の象徴だった。
孫に対してもその感覚は変わらないようだ。
私の子どもや兄の子どもが母の家に行くと、いつの間にかお菓子を手にしていることが多い。
甘やかすことが必ずしも悪いわけではないと知っていながらも、親としては少し心配になる部分もある。
厳しい義母
一方、妻の母はまったく正反対だ。
孫に対しても厳しい。たとえば、『となりのトトロ』をテレビで観ているとき、子どもが画面の近くに座るだけで「離れて観なさい」と注意する。
親としてはありがたいと思うが、子どもにとっては一瞬ドキッとする場面だろう。
食後のデザートも、ただ与えるわけではない。
子どもがご飯をしっかり食べていなければ、デザートはもらえない。
「ルールを守ること」「順序を大切にすること」を、孫に自然に学ばせているのだ。
これは一見厳しく感じるが、裏には深い愛情があることを私は知っている。
義母の姿勢を見ていると、甘やかしとは逆のかたちでの愛情表現があることを実感する。
甘えさせることも大切だが、時には厳しさが必要で、それもまた愛情なのだ。
私自身の子育て
では、私自身はどうだろうか。
母のようにお菓子を買い与えることはしない。
食は自身の体を作るものだから、意味のある食事を摂らせたいと思っている。
しかし、別のかたちで「甘さ」を与えてしまう瞬間がある。
それが、YouTubeだ。
「少し静かにしてほしい」「手が離せない」
そんなとき、つい子どもに動画を見せてしまう。
できれば避けたいと思いながらも、現実の生活ではどうしても頼ってしまう。
親としての葛藤を抱えつつも、便利なものに頼る自分もまた、愛情の一つの表現なのだと感じている。
三者三様の愛情
こうして振り返ると、母・義母・そして私、三者三様の子育てスタイルがあることに気づく。
- 甘やかす母の愛情
- 厳しさで導く義母の愛情
- 便利さを使いながら子どもと向き合う私の愛情
形は違っても、すべての根底には「子どもを大切にしたい」という同じ気持ちがある。
比べて良し悪しを決めるよりも、それぞれの愛情のかたちを理解し、受け止めることが大切だと私は思う。
愛情と学びのバランス
母の甘さを受けた子どもは、自由に感情を表現する力を育てる。
義母の厳しさを受けた子どもは、ルールや順序を守る大切さを学ぶ。
そして私の子育てスタイルの中で、動画を通じて「自分の時間」と「集中する力」を少しずつ体験する。
すべてが、子どもにとっての学びの機会になる。
甘さだけでも、厳しさだけでもなく、日常の中でさまざまな愛情のかたちに触れることが、子どもの成長に必要なのかもしれない。
子どもにとっての幸せ
結局のところ、子どもにとって大切なのは「愛されている」という実感だ。
お菓子に満たされることも、ルールを守る経験も、YouTubeに夢中になる時間も、すべてが愛情の証。
子どもはそれぞれのかたちを通じて、安心感や喜び、学びを感じるのだろう。
愛情のかたちは一つではない。
むしろ、多様であるからこそ、子どもは柔軟に育ち、さまざまな経験を受け入れる力を身につける。
私も、母や義母の愛情を受け止めつつ、自分なりの方法で子どもと向き合っていきたい。
それぞれの「愛のかたち」を尊重し、学び、そして楽しむ。
それが、親として、そして祖母として受け継がれていく愛情の連鎖なのだと思う。







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