「ただのリンゴジュースですか?」と言われて──色と空、煩悩のはざまで

自分と向き合う

※この記事では、「色」や「空」といった『色即是空』の概念を扱っています。
※「色」と「空」、そして『色即是空』の意味をより深く知りたい方は、以下の記事で詳しく解説しています。

まだ機能がないリンゴジュースの物語

正直に言えば、私は長い間こう思っていました。

「機能性がなければ、商品にすべきではない」と。

ビジネスの世界において、機能性は価値の土台だと信じていたからです。
機能がなければ差別化はできないし、数字で語れる評価軸も生まれない。
そんな商品は市場で埋もれてしまう。

だから、ある日上司から言われたとき、私は戸惑いました。

「このリンゴジュースを商品化しよう」

一瞬、頭の中に「?」が浮かびました。
だって、このリンゴジュースには、まだ何の機能性もなかったからです。

疑問を抱えたままのスタート

それでも、仕事は待ってくれません。
私は疑問を抱えたまま、商品化に向けた準備を進めていきました。
どこか引っかかる気持ちを抱えつつも、やるべきことは次々にやっていく。
そうして迎えたのが、「ラベルを作る」という工程でした。

ラベルは、商品の顔。
ここで商品の本質が問われることになります。

「コンセプトは?」

デザインを依頼するにあたり、社内のある人──広報やイラスト制作を担当している方──にこう聞かれました。

「この商品のコンセプトは?」

私はすぐには答えられませんでした。
口を開けば何か言えたかもしれませんが、空虚な言葉を並べることはしたくなかった。

なぜなら、この時点ではまだ機能性がなかったからです。
それじゃあ何の価値を持たせるのか?
自分に問いかけても、答えは霧の中でした。

原点を思い出す

そんなとき、ふと頭に浮かんだのは自分の実家のことでした。
私の実家は農家です。

今、日本の食料自給率は低下の一途をたどり、農家は疲弊しています。
高齢化、後継者不足、気候変動…。
リンゴ農家もその例外ではありません。

子どもの頃から見てきた、農家の暮らし。
朝早くから畑に出て、天候に振り回され、汗をかき、腰を痛め、それでも黙々と作物を育てる姿。
その苦労と誇りを、私は知っています。

想いが形を持ち始める

その現実を思ったとき、私の中でひとつの想いがはっきりと形を持ちました。

「人と農をつなげたい」

農業の現場をもっと身近に感じてもらいたい。
自然と季節の移ろいを、五感で味わってほしい。
ただの飲み物としてではなく、飲む人の暮らしの中に農の存在を感じさせるような商品にしたい。

そう考えた瞬間、このリンゴジュースは私にとって単なる飲料ではなくなりました。
ラベルに込めるべきは、この想いだ。
そして、この想いに共感・共鳴してくれる人と一緒に、この商品を育てていこう──そう決めました。

関係性を価値に

私はこう考えました。
機能性は、後から付け加えていけばいい。
社内の仲間や、この商品を手に取ってくれた方と一緒に、時間をかけて育てていけばいい。

関係性そのものが価値になる。
その価値を積み重ねれば、やがてこのリンゴジュースは「空のある色」を持つはずです。

ここでいう「色」とは、機能やスペックといった、誰の目にもわかる価値。
「空(くう)」とは、その奥に広がる想い、背景、関係性のことです。

そして、あの言葉

ある日、ラベル制作をお願いしている方から、こう言われました。

「機能性がなければ、ただのリンゴジュースですよね?」

私はその言葉に、深い疑問を抱きました。

確かに、機能性だけを価値の基準にすれば、そうなるでしょう。
しかし、同じ問いを相手に返してみたくなりました。

──もしあなたが描くイラストに機能性がなければ、それは「ただのイラスト」ですか?

色だけを見て価値を決めるのは簡単です。
でも、それだけでは人の心には響かない。
空があるからこそ、色は意味を持ち、人の心に残るのだと思います。

色だけしか見えていない──それは煩悩かもしれない

ここで、私はふと思い至りました。

現代社会は「色」だけを見て価値を判断しがちです。
しかし、それは「煩悩」にとらわれている状態とも言えるのではないか、と。

仏教でいう「煩悩」とは、私たちの心を迷わせ、苦しみのもとになる欲望や執着のこと。
目先の評価や見た目の良さ、数字や機能に心を奪われ、
本質や空の部分を見失ってしまう。

「ただのリンゴジュースじゃないですか?」という問いは、
まさに色だけに囚われ、空を見ようとしない煩悩の声なのかもしれません。

空を見ることの大切さ

一方で「空」とは、その奥にある想い、関係性、背景、つながりのこと。
見えないけれど、確かに存在し、価値を生み出すもの。

この「空」に目を向けることは、煩悩から一歩離れ、物事の本質を見極める行為です。
ただのリンゴジュースが、人と農のつながりを伝えるものになるのは、まさにこの空があるからです。

最後に

このリンゴジュースは、今のところ機能性の「色」が強くはないかもしれません。
しかし、その奥には「空」があります。
農家を思う気持ち、人と農をつなげたいという願い、自然を感じてほしいという祈り。

私は、この空を見てくれる人たちと、色を重ねていきたい。
そしていつか、このリンゴジュースを手に取った誰かが、笑顔でこう言ってくれる日を夢見ています。

「これはただのリンゴジュースじゃない」と。

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