はじめに
給食サービスという業界を俯瞰して見ていると、
経営の思考が目先の利益や制度、数字に引きずられやすい構造があることに気づく。
- 認証を取るべきか
- 補助金をどう活用するか
- 売上をどう伸ばすか
こうした問いは、経営において重要である一方、
それ自体が目的化すると、視野が急速に狭くなる。
実際、これらの要素だけを追い続けた結果、
気づけば価格競争の真っただ中に立たされているケースは少なくない。
今の時代、短期的な売上や制度対応だけでは、
長期的に安定した価値を生み出すことは難しい。
必要とされているのは、
「どう売るか」ではなく、どのような市場をつくっているのか
という視点である。
本稿では、
保育園・幼稚園という既存の接点を起点に、
価格競争に巻き込まれにくい市場をどのように形成できるのか。
給食サービスを取り巻く構造を、
第三者的な立場から整理していく。
売上至上主義が通用しなくなった理由
かつての日本には、
売上を伸ばせば、会社は何とかなる
という時代が確かに存在していた。
消費税は低く、
原材料費も人件費も今ほど重くない。
多少原価率が高くても、
量と回転で押し切ることができた。
現場に無駄があっても、
「忙しさ」で覆い隠すことができた。
しかし、その前提はもう存在しない。
消費税が低い時代は、構造を理解しなくても生き残れた
消費税が低い、あるいは無かった時代は、
- 売上を積めば利益が残る
- 原価率が多少高くても吸収できる
- 効率が悪くても気合で回る
という余白のある経営が可能だった。
その結果、
売上を作れた=経営がうまい
という誤解が生まれやすかった。
だが実際には、
それは個人の実力というより、時代の追い風による部分が大きい。
今は、売れば売るほど苦しくなる時代
現在の経営環境はどうだろうか。
- 消費税10%(価格転嫁できない業界も多い)
- 人件費の上昇
- 原材料価格の高騰
- エネルギー・物流コストの増加
この状況で、売上だけを追うと何が起きるか。
- 忙しくなる
- 現場が疲弊する
- ミスが増える
- 利益は残らない
売上が増えるほど、会社が弱くなる
という逆転現象が起きる。
今、重要なのは「売上」ではなく「粗利額」
もはや重要なのは、売上高ではない。
- どれだけ売ったか、ではなく
- どれだけ粗利が残ったか
売上1億でも粗利が薄ければ意味はない。
売上3000万でも粗利が厚ければ、会社は生き残れる。
今は、
規模より構造
拡大より耐久性
の時代だ。
目先の制度や数字だけに囚われる経営の危うさ
多くの企業は、
- 補助金
- 認証
- 短期的な数字
に目を奪われ、
構造を俯瞰する習慣を持っていない。
その結果、
- 既存市場で他社と価格競争
- 利益率低下
- 現場の疲弊
- 長期的な成長が見えない
という状態に陥る。
問題は能力ではない。
構造を理解しているかどうかだ。
保育園・幼稚園は「共働き世帯への最速アクセス」
ここで視点を変える。
給食サービスの最大の強みは何か。
それは、
すでに保育園・幼稚園という強固な接点を持っていることだ。
- お迎え
- 連絡帳
- 園行事
これらを通じて、
保護者は日常的に情報を受け取っている。
SNS広告やチラシよりも、
- 届きやすい
- 信頼されやすい
- 長期的に接触できる
つまり、
共働き世帯への最速かつ最短のアクセスを、すでに持っている。

市場を「取りに行く」のではなく「作る」発想
価格競争に巻き込まれる企業の多くは、
既存市場でどう戦うか
しか考えていない。
一方で、
教育・体験・信頼を通じて需要そのものを作る
という発想を持てば、状況は変わる。
たとえば、
- 保護者向けに食育や時短レシピを提供
- 日常の悩み(忙しい、栄養が心配)を言語化する
- その延長線上でミールキットや調理済み食品を提案
売り込まなくても、
「自然に選ばれる流れ」が生まれる。
これは、
内部資源を活かした市場創造の典型例だ。
売上至上主義から脱却できない企業の末路
売上至上主義の行き着く先は、
- 価格競争
- 人件費削減
- 現場の疲弊
- 人が辞める
そして最後に、
「最近は厳しい時代だから」
という言葉で思考停止する。
だが本当は、
時代ではなく構造の問題であることがほとんどだ。
今、経営に本当に必要なこと
今必要なのは、
- 外部の結果を追うことではなく
- 内部の構造を整えること
売上を追う前に、
- 粗利が残るか
- 現場が持続するか
- 外部環境に耐えられるか
を考える。
そして、
既存の接点をどう価値に変えるかを考える。
おわりに
消費税が低い時代は、何とかなった。
しかし今は違う。
この現実を認められるかどうかが、
企業が生き残れるかどうかの分かれ道になる。
売上を見るのではなく、構造を見る。
市場を取りに行くのではなく、市場を作る。
保育園という起点には、
その可能性がすでに埋まっている。







コメント