子育てに正解を求めないという視点
情報の波に圧倒される日々
子育てをしていると、YouTubeや書店にあふれる情報に出会います。
「これをすれば子どもは伸びる」「こうした方がいい」といった断定的な言葉が並び、研究データを根拠にした本も数多く見つかります。
役に立つが、それだけではない
もちろん、それらの知見や実践法が役に立つ場面もあります。
しかし、私は「子育てに確定的な正解はない」と考えています。
移ろう社会と子どもの姿
なぜなら、子どもの裏側すべてを見通すことはできないし、研究はあくまで過去を切り取ったものにすぎないからです。
子どもも社会も、空のように常に移ろい続ける。
だからこそ「正解探し」よりも「問い続ける姿勢」が大切なのだと思います。
子育てに悩むことの意味
「これでいいのかな?」という問い
親なら誰もが一度は抱く問いがある。
「これでいいのかな?」
「どうしたらいいのだろう?」
その問いは、不安や無力感の表れのように感じるかもしれない。
けれど実際には、それこそが子どもに真正面から向き合っている証だ。
迷いながら考えることは、子どもを一人の存在として尊重していることにほかならない。
外的な要因に委ねすぎない危うさ
近代西洋文化は、あらゆるものをデータや理論に分解し、確定的な答えを出そうとした。
だがその結果、人間の感情や関係性、矛盾や曖昧さといった「豊かさ」が切り捨てられてしまった。
その思考は、やがて社会の分断を深め、第一次世界大戦や第二次世界大戦といった大きな争いを生むことにもつながった。
子育てにおいても同じである。
「正しい答え」をデータや理論で一元化しようとすると、子どもの感情や親子の関係性という豊かさを犠牲にしてしまう。
それは、親子の間に小さな争いやすれ違いを生む危うさをはらんでいる。
想像力が子育てを豊かにする
親が想像力を働かせること。
外の正しさに従うのではなく、子どもとの関係から「何が必要か」を見いだすこと。
その姿勢が、子育てをより豊かなものにしていく。
悩みは子どもへの尊重につながる
問い続けることは、子どもに対して「あなたの存在は簡単な公式では測れない」というメッセージになる。
迷いは、親が子どもを一人の人格として扱っている証。
だからこそ、悩みは無駄ではない。むしろ尊重の出発点なのだ。
空のように移ろう子育て──矛盾を抱えながら進む親子の旅
矛盾があってもいい
「空」が示す子育てのあり方
仏教の「空」とは、すべてが固定されず、相互に依存しながら移ろい続けるということ。
子育てもまた、その「空」に近い。
昨日言ったことと、今日思ったことが違っていても構わない。
一度決めた方針を変えたっていい。
矛盾を恐れる必要はない。
むしろその矛盾の中にこそ、親と子が成長していく余地があるのだ。
日常にある小さな矛盾
子どもがご飯を食べなくて叱ってしまうこともある。
朝の支度でバタバタして、つい怒鳴ってしまうこともある。
YouTubeを見せすぎて「これでいいのか」と悩むこともある。
おもちゃを買ってと言われても買わないこともある。
こうした一つひとつの矛盾や葛藤は、親の心を揺らすが、それこそが子育ての自然な姿だ。
愛情という揺るがない軸
ただ一つ、変わらなくていいものがある。
それは「子どもへの愛情」だ。
この愛情が確かであれば、多少の矛盾や迷いは決して誤りではない。
むしろ、迷いの中でこそ愛情は深まる。
そしてその愛情は、やがて「子どもを尊重する」という姿勢へと結実していく。
親もまた育てられている
子どもを育てているつもりで、実は親自身も育てられている。
問い、迷い、考える過程で、親の想像力や人間性も磨かれていく。
子育ては、親と子がともに成長する双方向の旅なのだ。
正解じゃなくていい
子育ては、確定的な正解を探す旅ではない。
問いながら、悩みながら、空のように移ろっていく日々こそが、親と子を育てていく。
正解じゃなくていい。
ただ、子どもに向ける愛情だけは確かにある──そう信じられれば、それで十分なのだと思う。







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